Ferragosto フェッラゴスト

イタリアも8月15日は祝日。バカンス・シーズンのクライマックス、フェッラゴストです。偶然ですが日本の終戦記念日と同じ日です。

ferragosto-lago-di-garda-600x400出典:http://www.lagodigardaeventi.it/

Ferragosto フェッラゴスト

フェッラゴストの起源は古く、ローマ皇帝アウグストゥスを讃える祝日フェリアエ・アウグスターレス(feriae augustales)までさかのぼります。当初は8月1日でしたが、この風習が衰えると、教会は聖母被昇天の日である8月15日に祝日を移動させました。そのため、8月15日は二つのまったく異なる由緒を持つ祝日となりました。

フェッラゴストの催しとして、17世紀には、ナボーナ広場に水を入れるというとんでもないことをしていたそうです。

30-4272_1出典:http://www.rauantiques.com/

Agosto 8月

欧州言語で8月に当たる言葉、英語のAugustやイタリア語のagostoなどの語源であるラテン語のAugustus。紀元前8年に、ローマ皇帝アウグストゥス(オクタビアヌス)を讃えて、従来のSextilis(6番目の月という意味)に代えて月名とされたのが始まりです。オクタビアヌスが初めて執政官になったのが8月だからだそうです。

1018-Augusto出典:http://www.arte.it/

 

8月がなぜ6番目の月だったかというと、建国当初の古代ローマでは、3月 (Martius) から暦が始まっていたからです。月の数は10で、各月は以下のように呼ばれていました。

【ローマ建国(伝説では紀元前753年)の頃の月の呼称と意味】

月名 意味
Martius 軍神マルスの月
Aprilis 女神アプロディテの月
Maius 女神マイアの月
Iunius 女神ユーノの月
Quintilis 5番目の月
Sextilis 6番目の月
September 7番目の月
October 8番目の月
November 9番目の月
December 10番目の月

1年は春に始まり冬に終わりました。Decemberが終わりMartiusが始まるまでの約60日間は暦の空白期間で、その間は日を数えなかったといいます。

ローマ2代目の王ヌマ・ポンピリウスは、この空白期間を埋めるため下の二つの月を加えました。紀元前713年のことといいますが、歴史学的な確証はないようです。

月名 意味
Iunuarius 神ヤヌスの月
Februarius 清めの月

その後、1年の始まりをIunuariusに改めたことで、現在の暦と同様のIunuarius (英:January, 伊:gennaio)で始まる12の月で構成される暦となりました。そして、紀元前44年にはカエサルを讃えてQuintilisをIuliusに、紀元前8年にはアウグストゥスを讃えてSextilisをAugustusに改めます。

旧月名 新月名 意味
Quintilis Iulius ユリウス・カエサルの月
Sextilis Augustus アウグストゥスの月

ラテン語とイタリア語の月名は下のようにきれいに対応しています。

日本語 ラテン語 イタリア語
1月 Iunuarius gennaio
2月 Februarius febbraio
3月 Martius marzo
4月 Aprilis aprile
5月 Maius maggio
6月 Iunius giugno
7月 Iulius luglio
8月 Augustus agosto
9月 September settembre
10月 October ottobre
11月 November novembre
12月 December dicembre

イタリアの月の名前が全て男性名詞なのは、ラテン語で月を意味する男性名詞mensisにかかる形容詞(例:mense Ianuario)が原形だからです。

イタリア語の数は7がsette, 8がotto, 9がnove, 10がdieciなので、現在の9月から12月までの月名と数字がきれいに対応しています(数が2つずれていますが)。

中学の英語の先生が、「英語のSeptemberはもともと7の月という意味で、2つずれたのは後からJulyとAugustと入れたから」と教えてくれましたが、その説明はどうやら微妙に間違っていたようです。

Assunzione di Maria 聖母の被昇天

8月1日だったフェッラゴストを聖母被昇天の日である8月15日に移動させたのは教会です。 教会はこの日、聖母マリアの肉体と魂が天国に召されたことを記念して祝います。1950年、教皇ピウス12世により正式に教義として公布されました。

古く6世紀には、マリアが永眠(就寝)した日として東方教会で祝祭が行われるようになりました。これがローマにも伝わったようで、7世紀末の教皇セルギウス1世のときに盛大に祝った記録があります。8世紀になって被昇天の名で知られるようになりました。

図像表現では、10世紀のビザンチン美術においてマリアの就寝(Dormitio Virginis)のモチーフが表現されています。イタリアにも伝わり、14世紀にはジョットも描いています。

Giotto._The_Dead_of_the_Virgin._c._1310._179x75cm._Gemaldegalerie,_Berlin出典:https://upload.wikimedia.org/

同時期に、被昇天のモチーフも現れます。フィレンツェのオルサンミケーレ教会に残るアンドレア・オルカーニャの聖母子像はその一例で、天使たちと天国に昇ったマリアが、マンドルラ(黄金に輝くアーモンド形の装飾)の中で、幼児のキリストとともに玉座に座っています。

Orsanmichele,_interno_11出典:https://upload.wikimedia.org/

そしてルネッサンス期以降、多くの有力画家により、天に召されるマリアが描かれることになります。

 

Reni,_Guido_-_Himmelfahrt_Mariae_-_1642グイード・レーニ,  出典:http://it.catholic.wikia.com

 

参考:
Treccani: ferragosto, assunzione, mese
http://romaeredidiunimpero.altervista.org/
カトリック中央協議会:http://www.cbcj.catholic.jp/
ピウス12世勅令:http://w2.vatican.va/

Nobuhisa Kajiyama

イタリアニスタ。イタリア語翻訳の日伊サービス代表責任者。インテリスタ、カープ男子、オペラファン、写真好き、天文学初心者。

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